2011年08月06日

永仁の壺

永仁の壺 [単行本] / 村松 友視 (著); 新潮社 (刊)

 気になっていた永仁の壺事件と同題名の本を見つけ読んでみました。
 永仁の壺事件は陶芸家加藤唐九郎が作成した通称「永仁の壺」を巡って起こった事件である。昭和34年に国の重要文化財に指定された「永仁二年」銘の古瀬戸の壺が、実は唐九郎の作ったものであることが明らかになり、マスコミをあげて大騒ぎとなった。その翌年、重要文化財の指定が解除され、文化財保護委員会の文化財専門審議会における実質的な重文指定の推進者となった文部技官の小山富士夫もその責任を取って辞職した。また、加藤唐九郎は贋作作家の汚名を着せられ、国の重要無形文化財有資格者(人間国宝)の認定を取り消されたほか、すべての公職から身を引くことを余儀なくされた。

 この小説の作者であり、また主人公でもある村松友視は、ふと立ち寄った割烹料理店で、偶然小山富士夫作成のぐい呑みで日本酒を飲んだことから、永仁の壺へと思いを馳せることとなる。

 彼はまず、小山富士夫の側から永仁の壺事件の事実関係を洗い始める。親族や近しい者から聞いた話からは、「戦後間もない時期であり、小山富士夫は日本から一級の陶芸品が海外へと流れを止めることに使命感を持っていた。そこに付け入ったのが唐九郎である。彼は、自ら作った古瀬戸のまがい品を叩き割って、破片を山の中に埋め、小山富士夫をそこに案内し、古瀬戸の完全な壺が発見される可能性を小山に示唆した。その後、唐九郎は自分が作った古瀬戸の壺を小山に見せて鎌倉時代のものであると信用させて、重文指定へとつながった。」というものであった。
 この話を文字通り信じると唐九郎はとんでもない悪徳非道の詐欺師であり、ほとんど犯罪者となってしまう。

 村松は、今度は逆に唐九郎の側(陶芸家)から、事件を追ってみる。昭和12年に制作されたこの壺は、大陸での新宗教の神器として祭壇に飾るためという名目で注文を受け制作されたものであった。当時の志段味村長(現名古屋市に併合)の長谷川佳隆は注文の経緯を知り、新宗教の神器の出土地を日本の総本山の近くから劇的に発掘されたという演出を考えていたが、新宗教は頓挫してこの壺は長谷川の所有することになった。唐九郎は他の人手に渡ることはないものと考え、鎌倉由来という虚偽の由緒を黙認していたが、金に困った長谷川は他に渡してしまった。唐九郎がこの壺に再会した時は驚くほどの高額と重要文化財という肩書がついていたとのことだった。

 両者側のそれぞれの噛み合わない言い分を挙げたが、私としては、小山は古陶磁研究の権威であり、そして錚々たる専門家からなる文化財専門審議会が判断を誤ったのは擁護のしようがないと思う。重要文化財という国家権力に保証された権威がいとも簡単に崩れさる姿に、芸術に対する国家権威のかかわり方に大いに考えさせられた。ただし、自分の非をすぐに認め、誰も非難することなく潔く、退く小山の姿には強い感銘を受けたが。
 唐九郎は「結局、美しさというものが見えない人が学問(権威)でごまかされている」と言っているが、これがまさしく唐九郎の権威に対する反発心を表していると思う。美しいと思うものに対し、なぜ美しいかという理屈はいらないということではないか。美に対しては、権威に頼らず、自分の心で評価するということが一番大切なことではなかろうか。このことを身をもって唐九郎は役人に反論したかったと思う。

 この本のもう一つの主題として、偽物とは何か、本物とは何かがある。唐九郎の作った永仁の壺は果たして偽物だったのか。役人が考えるように永仁時期に作られていないことからすると贋作ということになるが、単に永仁二年という銘が入った昭和時代に作者が心をこめて作った優れた瓶子という面からはりっぱな本物ではないかと思う。
 私が興味を持っていた事件の真相究明の点からは不満足ではあるが、芸術価値と権威、偽物と本物の意味づけを考える上ではたいへん参考になる小説である。
posted by もの好き本好き at 18:23| Comment(3) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月14日

元大和銀行ニューヨーク支店井口俊英「告白」

告白 (文春文庫) [文庫] / 井口 俊英 (著); 文藝春秋 (刊)

 大和銀行事件の概要を記すと次のようになる。(あさひ銀行と合併して今はリソナ銀行として存続)

 大和銀行のニューヨーク支店の本社採用嘱託行員となった井口俊英は、変動金利債の取引で5万ドルの損害を出す。損失が発覚して解雇されることを恐れた井口は、損を取り戻そうとアメリカ国債の簿外取引を行うようになった。井口は書類を偽造して損失を隠蔽していたため表面的は利益を出しており、上司の信用も増していった。
 同支店の管理体制には、国債のトレーダーと支店の国債保有高や取引をチェックする人が同一人物という不備が存在していたため発覚しなかったものであるが、実質的に支店ナンバー2として支店業務を統括していた井口の不正取引は結局12年も発覚せず、1995年には大和銀行の損失は11億ドル(約960億円)にも膨れ上がり、井口が頭取に告白状を送ったことにより、ようやく本社経営陣の知るところとなった。
 しかし、大和銀行の経営陣はこの損失に関しては日本の大蔵省への報告を優先させ、アメリカ金融当局への報告を先延ばしにし、それまでの間、今まで通り不正処理を継続し、利払資金は顧客から預かっている証券を売却して充当する指示を井口に出した。
ところが、この隠蔽工作はFRBに発覚しそのことによりFRBはかえって大和銀行に厳しい処分を下す結果をもたらした。1996年2月28日、大和銀行は16の罪状を認め、当時の米刑法犯の罰金としては史上最高額の3億4千万ドル(約350億円)の罰金を払い、アメリカから撤退となった。
井口自身は1995年9月にFRBに逮捕され1996年12月16日にニューヨークの連邦地裁で禁固4年罰金200万ドルの実刑判決を言い渡された。
 その後、日本では巨額損失に対する損害賠償責任として経営陣に計14億5000万ドルの支払いを求めた株主代表訴訟が起こされ、大阪地裁は役員11名に対して、総額7億7500万ドル(当時のレートで829億円)という巨額の損害賠償を命ずる判決を言い渡した。(大和銀行はホルディング会社の設立を決めたことにより大和銀行の株主は原告適格が消滅することになったため、原告はやむなく、現元役員49人全員で約2億5000万円を同行に支払うという和解案に応じた。)
 前置きが長くなったが、このように社会を大きく騒がせた事件の当事者である井口俊英によるこの12年間の真相および本人の心理状況を赤裸々に綴ったのが本書である。
 損を取り戻そうとして、不正取引を続けてしまったことはある程度同情の余地はあるとしても、57万ドルの現金を着服した本人が会社の管理体制の不備を非難する姿には居直り強盗的な印象を受けるのは否めない。

 とはいえ、12年間に渡り、不正発覚の恐怖に怯え、いつ終わるともしれない不正取引を続けざるを得なかった状況には井口本人の底知れない苦闘の姿を感じる。
家庭生活においても、不正取引が頭から離れず、心休まる暇もなく、大雨で家が床上浸水したときでさえ、不正発覚を避けるため、家族を振り切って出勤するなど家庭を顧みない状況が続き、最終的には家族が崩壊していった姿は惨めである。
 大和銀行ニューヨーク支店の内部統制は国債のトレーダーと支店の国債保有高や取引をチェックする人が同一人物という状況を長年に渡り放置するというように信じられないくらい杜撰であった。ニューヨーク支店の支店長は役員、社長への登竜門と位置付けられていた割には、歴代の支店長の管理能力の杜撰さは驚くばかりである。
 井口の不正発覚回避策は極めて単純であった。不正取引の損失の穴埋めに、顧客から預かっている米国債を売却して資金を捻出したが、国債の現物管理は他社に委託しており、その残高確認書は必ず井口のところに届くようになっていた。そのため、井口はやすやす残高証明書の改竄ができた。
 また、監査のために、本店監査、米州企画室監査、店内監査、監査役監査、監査法人監査など様々な監査が行われたが、調査方法は、ことごとく改竄された残高証明書と帳簿の金額をチェックするのみで、監査のイロハである現物実査(国債等の現物保管を委託している会社に出向いて原物の存在確認をすること)は全く行われなかったことが会社としての致命的なミスであったと思う。
 そして、井口が指摘するように、役員が十分な今後の手立てに粉骨砕身して取り組むのではなく、とかげのしっぽ切りのような保身に走る姿はとんでもなく醜く感じられた。
内部統制をもっとしっかり行っていれば、会社の損害もまた従業員のこのような不幸も十分避けることができたはずである。
 このような中で日本で提訴された株主代表訴訟の判決は時代の流れを変えるものとなったように思う。すなわち、これまでは、社員の起こした不祥事に対し、経営者は知りませんでしたといえば、責任を回避できるものであったが、今後については、そのような不正が起きないようにするシステムを構築するのが役員の使命であり、不祥事が起きた時は役員の任務懈怠として損害賠償の対象となるという厳しいものである。
 当時同じような事件を起こしたベアリング社のリーソンも大和トラストの山田も事件の発覚前に逃亡している。それに対し井口は自ら告白し、事後処理について最後まで、会社に協力しようとする姿は役員とは違い潔さを感じた。
 出所後の井口氏が早く生活を立て直すことを祈念してここで筆を置く。
posted by もの好き本好き at 01:54| Comment(4) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月25日

梅原猛の授業 仏教


梅原猛の授業 仏教 (朝日文庫)

梅原猛の授業 仏教 (朝日文庫)

  • 作者: 梅原 猛
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 2006/10
  • メディア: 文庫



 この本は、哲学者の梅原猛が京都洛南中学で行った仏教の授業を収録したものである。洛南中学は梅原猛が信奉する空海が設立した日本最古の私立学校である綜藝種智院の跡地に建っており、洛南中学自身も真言宗設立の中学であることから選ばれた経緯にある。

 梅原猛が現代において一番懸念していることは、日本人の道徳観の空洞化である。江戸時代には寺子屋が庶民に読み書き算盤と仏教を教える役目を担ってきたが、明治時代に入ると教育勅語のもと修身教育に切り替えられ、廃仏毀釈の嵐のなか、次第に神道も天皇崇拝のものへと変形していった。ラフガディオ・ハーンをして、心やさしく、これほど深い愛情を持って神仏を崇拝する民族はいないと言わしめた日本人も、仏教教育がないままにいつしか他のアジア人を侮蔑し、侵略戦争へと突き進み、最後は自らを破滅へと導いた。戦後においては公共教育での宗教教育は禁止され、日本人は道徳の基盤が薄弱になってしまったのではないかというのが、梅原猛が心配していることである。

 梅原猛の言う「宗教がなければ文明も道徳も存在しない」という命題の正しさについては、私は確信できない。例えば、人間としてやってはいけないことと、ぜひやるべきことを十分考えたうえで道徳規範として選定することも可能ではないだろうか?

 ただ、私としては、梅原猛の言うように、他の宗教ではなく仏教を前提として道徳規範を作り、人々を導いていくことには何ら異論はない。

 キリスト教を例にとると、聖書のなかに「汝殺すなかれ」と記載されているが、殺してはいけない対象物は人に限られる。(私には、場合によってはこの「人」も、「キリスト教徒のみ」、または「キリスト教の一宗派」を指す場合もあるように思えてならない。)そして、家畜については、キリスト教徒は人間が殺すために神から授かったものであり、殺すのは当然の権利と考える。この理屈で、家畜でない鯨を殺して食べるのは野蛮な行為であると決めつけ、日本を非難する愚挙をやってのける。

 それに対し仏教は「殺生してはいけない」と説いているが、その対象は生きとし生けるものすべてである。生きていくための必要最小限のものを除いて、すべての生き物を殺してはいけないとされている。汚水や有毒物を海に流して海の生物を殺すことや乱開発を行い、生息している動植物を絶滅に追いやることも仏教では行ってはいけないことであり、すべての生き物に思いやりを持つという地球にも非常に優しい宗教であると思う。

 また、キリスト教、イスラム教は一神教であり、この多様性に富む世界をひとつの神の思想で塗りつぶすそうとする宗教であり違和感を感じる。それに対し、仏教は多神論であり、自分の信じる神、仏も大事にするが他人の信ずる神、仏も大切にするという寛容の精神を持っている。

 これらを総合的に勘案して、梅原猛が指摘するように、21世紀の宗教を考える上で、仏教がもたらす道徳がわれわれ人類に大きく貢献するのではないかと思う。世界平和のためにキリスト教、イスラム教の対立を仲裁できる可能性を秘めた宗教でもあると思う
posted by もの好き本好き at 00:52| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月17日

神秘のベニクラゲと海洋生物の歌


神秘のベニクラゲと海洋生物の歌―“不老不死の夢”を歌う

神秘のベニクラゲと海洋生物の歌―“不老不死の夢”を歌う

  • 作者: 久保田 信
  • 出版社/メーカー: 不老不死研究会
  • 発売日: 2005/07
  • メディア: 大型本




 すべての権力を手中にした中国の皇帝やエジプトの王の見果てぬ夢に終わった不老不死。生命とは、親の個体は死滅するがその遺伝形質を別の個体である子に伝えることにより、生命としての連続性を保つプロセスであると私は理解してきました。仏教でもキリスト教でも、生物において死は避けられないものとして捉えられています。

 しかし、1996年に、これらの常識を覆す事例がイタリアで発見されました。イタリアのレッチェ大学のボエロ博士のグループがベニクラゲの若返り現象を発見したのでした。通常有性生殖を行った後の親クラゲは水の中で溶けて消滅してしまいますが、ベニクラゲは有性生殖の後、親クラゲの体はポリプ(幼生)に戻り、それが成長して親クラゲになり、また、ポリプに戻るという無限のサイクルを繰り返すのです。たとえて言うとモンシロチョウがまたアオムシにもどり、モンシロチョウになりを繰り返すというような現象です。この発見は生物進化や種の起源の謎に迫る重大な材料を与えてくれたのでした。


 日本では、京都大学瀬戸臨海実験所の久保田信助教授が中心となって研究を進めています。最初のうちは、日本ではベニクラゲのポリプ化が確認できず、日本のベニクラゲ種はその能力がないのではと考えられていましたが、2001年、鹿児島湾で採取されたベニクラゲがポリプ化することが日本で初めて確認され、日本においても若返りの研究の足場が確保されることになりました。また、同氏は、世界で2例目となるヤワラクラゲのポリプ化も確認しました。

 久保田氏はマスコミの取材に答えて「現段階で若返ることは確認できたが、不老不死であるかはこれからの研究の中で明らかになる。さらに研究が進み、細胞など年齢を測定できるようになれば3億歳のベニクラゲが発見できるかもしれない。今後は共同研究を通じでベニクラゲのゲノムの解析を行い不老のメカニズムに迫りたい」と述べています。

 この不老のメカニズムが解明されれば、ノーベル賞を超えるような大業績となることは間違いがないでしょう。

 久保田氏は研究成果の応用として、「病気や事故で失った体の再生などの医学に有用な薬の開発に役立つだろう」と控えめに述べていますが、人が死ななくなることはどういうことなのか?人口問題、家庭生活、倫理面などにどのような影響が及ぶのかについても将来的には十分熟慮すべきであると思います。

 京都大学瀬戸臨海実験所は和歌山県の白浜にあり、小さな岬の位置しています。研究環境は抜群のようですが、娯楽が少ないからでしょうか、何と久保田助教授は「ベニクラゲ音頭」という曲を作詞・作曲して、本人が歌っているCDがこの本に付属されています。地元のカラオケ屋さんにはこの曲が選曲の中に入っているとのことでした。以下にYOU TUBEに収録されている「ベニクラゲ音頭」と久保田助教授によるベニクラゲ説明のリンクを掲載します。

<ベニクラゲ音頭>
http://www.youtube.com/watch?v=KClTuheoR0Q


<久保田助教授によるベニクラゲ説明>
http://www.youtube.com/watch?v=HmBSmymzbiI&feature=related
 
 
posted by もの好き本好き at 12:48| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月27日

科挙


科挙―中国の試験地獄 (中公文庫BIBLIO)

科挙―中国の試験地獄 (中公文庫BIBLIO)

  • 作者: 宮崎 市定
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2003/02
  • メディア: 文庫




 作者は、内藤湖南に師事し、所謂京都学派の中心人物として東洋史学界をリードした著名な学者である。

 中国で科挙制度が始まったのは今から1400年以上も前の587年の隋代であり、その後、政権が変わるたびに一時的に中断期間はあったが、一貫して清代まで長期に亘って続けられた世界に類を見ない制度である。

 科挙は時代によって若干違うがだいたい以下のような順路を辿って上に進み、合格者を決める制度となっている。

@学校試
 ア.県試(県で行われる)
 建前は14歳以下の者を対象とする試験 (実際髭さえなければ、顔にどんなに皺があっても見逃してくれた)

 イ.府試(府で行われる)
 県試合格者に対する再審査(院試に応ずる十分な学力があるかの確認)

 ウ.院試(本試験)
 府内の学校に入学して生員となるための最終試験

 エ.歳試(定期学力試験)
 成績が悪いと、退学、停学処分を受ける。

A科挙試 
 ア.科試
 次の郷試に応ずる十分な学力があるかの予備試験

 イ.郷試
 各省の首府で3年に1回行われる。各受験生は独房のような試験場(貢院)に約1週間缶詰になって答案作成に励む。→郷試合格者を挙人という

 ウ.挙人覆試
 全国の挙人を北京の試験場(貢院)に集めて1日で行われる。(会試の人数が膨らんだため、事前の志願書のふるい落とし)

 エ.会試 
 郷試のあった翌年に、挙人覆試合格者を北京の試験場(貢院)に集めて行われる。

 オ.殿試
 会試合格者に対し、天子みずからが試験管となって試験を行い、最終合格者を決める。最終合格者を進士という
 このように受験生は多大な精神的、肉体的な苦痛に耐えしのび、心身をすり減らし、また、政府も多大な費用をかけて行った科挙制度はどのような意味があったのであろうか。(院試に受かった者の3,000人に1人が最終殿試に合格するのみ)


 科挙の目的は、貴族制度に打撃を与え、天子の独裁政治を確立することにあったようだ。科挙が行われる以前の中国の王朝は貴族制度がはびこり、特権的貴族社会では、親の職位を子が継ぐのが一般的であり、重要な中央、地方の官吏に世襲貴族が占めていた。これに対し、試験により、官吏の登用を進めることにより、貴族の力を弱め、天子の権力の強大化を図ったものである。最初はなかなか貴族の抵抗があり、科挙は浸透しなかったが、唐代300年後には、科挙の試験も軌道に乗り、貴族の力を抑えるのに成功していった。また、科挙の受験者からすると官僚はもっとも名誉ある地位であり、最も富につなる職業であったことから受験生が殺到した実態にあったことも後押しすることとなった。


 科挙について受験生の立場からみると極めて公平性に考慮した制度であったということができる。受験料もいらず、原則受験資格は平等で士農工商を問わずだれでも応ずることができた。

 また、試験の採点についても、試験官に受験者の名前が見えないように名前のところにカバーをかけたり、筆跡がわからないように第三者が受験者の文章を違う筆跡で移し替えたり、前の試験時の答案を取り寄せ筆跡が一致するのを確認したりと不正に対しては十分な体制を取ろうとしていた。

 ただし逆の面から言うと、進士になるのに30代でも遅いとは言えない過酷な競争であり、長時間の勉強が必要である。また、受験料は無料でも、地方から県の首府や北京へ行くまでの交通費、宿泊代は自前であり、当時の経済事情からすると膨大な費用であり、到底、裕福な家系に生まれない限り、科挙を目指すのは困難であった。

 また、試験制度についても、競争が激化すればするほど、さまざまなカンニング手法や、替え玉受験、賄賂問題も発生し、取り締まり体制といたちごっこを演出してきたのも事実であった。

 科挙を含め中国王朝の官僚制度の優れたところは文民統制が徹底されていた点である。制度上、文官(科挙)と武官(武科挙)が峻別されており、軍部大臣、参謀長官には必ず文官があてられてきた。王朝が滅亡に瀕しているときは頼りない軍事態勢となるが、平常ににおいては、優れた統制制度ということができる。

 科挙の教育に与えた影響を考えると、科挙の試験が本当に役に立つ人材を抜擢するのに不十分であることは中国でも古くから指摘されてきた。儒教古典のまる暗記や、詩や文章が一体実際の政治にどれだけ役につのか。また、科挙は単に古典的な教養を試すだけのものではないかなどの批判の声は大きかった。しかし、具体的な代案も示しきれず、また、それでも優秀な人材が科挙合格者の中からも多数出ておりこれでいいのではないかという意見が多数派を占めてきた。

 中国がまだ東洋の強国として君臨していたときはよかったが、時代が変わり、列強が大挙して中国に押し寄せるにあたり、これまでの知識では太刀打ちできなくなり、清の滅亡へと時代が進んでいかざるを得なかった状況にあった。

 科挙自体は優れて平等で公平な試験制度を目指し、優秀な人材の登用を希求するものであったが、試験の題材が極めて教養主義的で、忠臣愛国の儒教思想に偏っており、実利的な新知識、新技術の習得にほとんど寄与しなかったことが、最終的に、中国の王朝支配の時代の終焉を招き、半植民地化へと進んだ元凶となったことは否定できないと思う。

posted by もの好き本好き at 00:25| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月11日

フェルマーの最終定理


フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで

フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで

  • 作者: サイモン シン
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2000/01
  • メディア: 単行本





 皆さんはピタゴラスの定理はご存知と思います。Xの2乗+Yの2乗=Zの2乗で三角形XYZの各辺X、Y、Zがこの式を満たせば、三角形XYZは直角三角形であるというものです。この式を満たすX,Y,Zの整数値は3,4,5や5、12,13など無数にあることがわかっています。しかし、Xのn乗+Yのn乗=Zのn乗(nが3以上の整数)の場合、これを満たす整数解は全く存在しないというのがフェルマーの最終定理です。

 この定理は17世紀の中ごろにフランスの素人数学者のフェルマーが予想したもので、フェルマー自身は「私は証明を発見したが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」との思わせぶりのコメントを残して他界しました。 

 この定理はその後350年の間、世界の様々な天才的な数学者を虜にしては、その数学者人生を狂わせてきました。 

 その中で、最終的にこの定理(予想)を証明したのはイギリス人のアンドリュー・ワイルズです。彼は10歳のとき(1963年)に小学校の図書館でこの定理に遭遇し、一瞬にして魅せられてしまいました。彼はケンブリッジ大学を卒業して、プリンストン大学に移って恵まれた研究者生活をしていましたが、1986年についに、子供のころからの憧れだったフェルマー最終定理の証明に全精力を注ぐことに意を決しました。その後、彼は、学会にも出席せず、ひたすら7年間ほとんど自宅の屋根裏部屋にこもって証明に没頭した。事情を知らない同僚たちは、研究成果のない彼を心配したが、彼の研究者としての炎は燃え尽きてしまったのではないかと考える者もいました。

 1993年に母校のケンブリッジ大学で学会が開かれることになり、恩師のコーツ教授から講演依頼が来ましたが、ワイルズは内容を言わずに3日間連続講演をしたい旨をコーツに伝えました。

 講演の題名は非常に抽象的なもので聴講者も最初何を講演するのか分からず少人数が集まっただけだったが、「もしや」という観測が流れ、2日目は教室が一杯になり、「これは、まさしくフェルマーの最終定理の証明にちがいない」と聴講生は確信し、その噂が噂を呼び、最終日は世紀の瞬間に立ち会おうと教室は外まで溢れかえり、大盛況の中で、「フェルマーの最終定理の証明をこれで終わりにしたいと思います」とワイルズが告げると、フラッシュが焚かれ、大歓声が起こり、電子メールが世界中を駆け巡った。新聞にも350年の謎が解けたと大々的に報道されました。

 しかし、この大事件はここで終わりませんでした。この証明を点検するために6人のレフリーが選任され、ワイルズはそれからの日々を、彼らからの質問に答えることに費やしました。ある日、電子メールで質問が来ましたが、これも数日くらいのうちに回答できるものと思っていたものの、なかなか回答を見つけられずに数週間経過しました。ワイルズはじっくり点検を行った結果、証明が部分的に途切れているのに気がつきましたが、その修復方法がどうしても見つかりませでん。虚しく6カ月が経過しました。

 ワイルズは遂にかつての教え子のリチャード・テイラーをプリンストンに招き協力を仰ぐことにしました。共同研究が始まってから、さらに8カ月が経過したが、有効な解決策は見つかりませんでした。ワイルズはギブアップ宣言を出そうとしたが、テイラーから「あと1カ月頑張ってみましょう」という励ましのもと、もう1カ月頑張ってみることにしました。

 ワイルズは証明は完全ではなかったが、部分的に見れば、今後の研究に役立つことも多々あると気を取り直して、これまでの証明の点検を行っていたところ、日本の岩澤理論を使えば、この穴を埋めることが閃きました。証明に取りかかって8年目、遂に証明が完成した瞬間でした。

 ワイルズの血のにじむような証明との格闘も感動的ですが、この証明を完了するためには、谷山・志村予想、岩澤理論など日本人の手による予想、定理も大きな役割を果たしていることにも感銘を覚えました。

 また、谷山・志村予想を証明することがすなわちフェルマーの最終定理を証明することになることを証明したケン・リベットの功績も感動ものです。これにより全く関係のない分野と思われていたものが奇跡的に繋がった瞬間でした。

 さらに、変わり者のフェルマーがこの定理を作ってから、どれだけの数学者が情熱を傾け、また挫折してきたか、その中でどのように一歩一歩前進してきたかも当時の状況がじかに伝わってきます。

 内容的には難しい数学は出てきませんが、数学者たちの苦悩、喜びが手を取るように伝わってきて、すばらしいノンフィクション作品となっています。

 この作品は小川洋子の「博士が愛した数式」の参考文献のひとつにもなっていることを申し添えます。
 
posted by もの好き本好き at 23:36| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月06日

「法令遵守」が日本を滅ぼす


「法令遵守」が日本を滅ぼす (新潮新書)

「法令遵守」が日本を滅ぼす (新潮新書)

  • 作者: 郷原 信郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2007/01/16
  • メディア: 新書



 「法令遵守が日本を滅ぼす」という題名が非常に気にかかり、この本を買いましたが、題名と内容とにかなりのギャップがあることは否めません。作者は、法令遵守を否定しているのではなく、日本の特殊事情として、法令の作り方、法令の適用の仕方が、社会の要請にマッチしておらず、そのため効率的な法規制が働かず弊害をもたらしているということを言いたかったわけです。しかし、受け狙いで「法令遵守が日本を滅ぼす」という題名をつけたために本の題名と作者の論旨とが大きく遊離してしまっており、残念に思いました。

 筆者が指摘するように、日本ではかつて、官庁が、具体的法令を適用して権限を行使するのではなく、法令によって与えられた許認可権を背景にした行政指導を行うことにより企業活動や経済活動がコントロールされてきました。企業の側から見ると、行政指導に従ってさえいれば、何ら社会から非難されることはないと考えられていました。
 しかし、1990年代以降の規制緩和の流れの中で官庁の許認可権は大幅に縮小し、行政指導をする場合には法的根拠が求められるようになりました。その結果、企業には経済活動の自由の範囲が広がり、企業に対する牽制は、従来の行政指導などによる事前チェック型から法令に基づく事後チェック型に大きく舵が切られました(事前抑制は行わず、何でも自由にやらせるが、ルール違反や違法行為に対しては事後的に厳しくチェックする)。それにもかかわらず、その法令がなかなか経済実態に即したものになっていないという現状にあります。

 そのため、企業に要請されているコンプライアンスを「法令遵守」ととらえるのではなく、「社会の要請に応えること」と捉えるのが適当であると筆者は指摘していますが、これは重要な指摘です。法令がなかなか経済実態に即したものになっていない日本では単に小手先の法律に違反しなければ何をやってもいいのだということではなく、法令の背後にある社会的な要請が何かを考えて行動することが企業の内部統制システムの構築のためには重要な考え方です。

 さらに、筆者は社会的要請に応えるための要点として次の5点を挙げています。
@社会の要請に応えていくための組織としての方針を具体的に明らかにすること
Aその方針にバランスよく応えていくための組織を構築すること
B組織全体を方針実現に向けて機能させていくこと
C方針に反する行為が行われた事実が明らかになったり、その疑いが生じたとき原因を究明して再発を防止すること
D法令と実態がかい離しやすい日本で必要なのが一つの組織だけで社会的要請に応えよう困難な事情、つまり組織が活動する環境自体に問題がある場合に、そのような環境を改めていくこと

 確かに重要な要点を筆者は述べていますが、法令においても適切に規定できないものを社会の要請に応えて一企業が的確に具体的な方針を立てることはかなり困難です。会社法の要請により大会社が決議を義務付けられている内部統制システムの決議内容にしても社会の要請に応えることについて企業理念等で抽象的に述べられているに過ぎません。

 私の考えは、実務的な社会の要請に応える体制として、法令の範囲に企業が作成する規程、マニュアルも含め、それらがきちんと遵守されているかをチェックすることで当面こと足りるのではないかというものです。最近企業はISO9001、14001などISOの認証の取得をするのが一般的となっています。取得のためにはさまざまな規程、マニュアルの作成が必須となっています。これらの自主規則は、法令の手の届かないところやより法令よりも厳しい基準を記載しており、企業としてはこれらも遵守しなければならないこととなっています。したがって、これらも企業としては広い意味での法令に含めて、それらを遵守する体制を作っていくという方法が実利的ではないかと思います。
 最近の不祥事例では、不二家事件があります。この事件は法令違反も被害者もいない事件ですが、不二家が社内規程の賞味期限に違反する行為を行ったことがマスコミを通じて社会的に大きく批判されました。最終的にはほとんどの役員が退任に追い込まれて、山崎製パンの傘下に入ったことになりました。
 このように、社会の見方も社内規程等もちゃんと守っているかという点も社会的に注目されるようになっていることから、企業の規程、マニュアルも守備範囲と考え遵守に努めれば社会的要請に応えていけば、不祥事は防げるのではないでしょうか。
posted by もの好き本好き at 02:55| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月05日

参議院なんかいらない


参議院なんかいらない (幻冬舎新書)

参議院なんかいらない (幻冬舎新書)

  • 作者: 村上 正邦
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2007/05
  • メディア: 新書




 この本は元参議院議員の村上正邦氏(KSD事件により議員辞職、現在訴追中)、平野貞夫氏(4党を泳ぎ政界引退)、筆坂英世氏(セクハラの嫌疑で議員辞職)の札付きの3氏による討論形式で話が進められます。

 在任期間中や最近の事件に関し、政敵の非難、中傷で話が進み、題名である「参議院なんかいらない」という議論はなかなか出てきません。ほとほと嫌気が差し、何度か読むのを止めようと考えましたが、ようやく、紙面が半ば過ぎてから、過去の参議院改革から今後の改革案へ続いて行きます。前半部分は読み飛ばしてもいいかと思います。

 3氏とも参議院OBであり、「参議院なんかいらない」とは、全く思っていなく、どうやら、参議院改革に思いを馳せるというもので、題名に偽りありと言いたくなります。

 かつて、フランス革命の指導者のシェイエースが言った言葉に「両議院の結論が同じであれば、第2院は無用であり、結論が異なれば有害である」と彼は第2院の無用論を展開しました。参議院の選挙制度は比例代表選挙と選挙区選挙からなっており、大きく見て、衆院議員選挙と違いはありません。このような中で、参議院の廃止という議論の展開の余地をこの本に期待していただけに、期待はずれの感は否めません。

 参議院で問題になるのは、まず「本当にまず良識の府であるのか」という点です。この点に関しては、衆議院議員の場合は、被選挙権が25歳なのに対し参議院議員の場合は30歳と差を設けていますが、これくらいの違いがどれほど良識に繋がるのでしょうか。比例代表選挙は全国区となっており、マスコミやテレビなどで知名度の高い候補者が当選しやすい制度となっており、タレント議員の巣窟となっております。タレント議員のすべてがすべて良識がないとは言いませんが、この選挙方式では、良識の府には程遠いものとなります。そうかと言って比例代表を地方区ベースに直すとますます衆議院議員の選挙制に近づいてしまいます。

 この本の後半部分で、参議院改革論として7点が挙げられています。
 
@党首選に参加しない。
A内閣総理大臣の指名権を持たない。
B大臣に就任しない。
C3年ごとの半数改選をやめ、任期6年を一括して選ぶ。
D予算と条約は衆議院の議決とし、決算は参議院が議決権を持つ。会計検査院は参議院の所轄下に置く。
E参議院は100人程度に削減し、外交、防衛、教育など国の重要案件を中心に審議する。
F政府の審議会を廃止して、その役割を参議院が持つ。

 良識の府を維持するためには、大所高所からの判断が求められることから、@、Aは参議院から政党色を排除することの助けとなり、私は賛成したい。さらに、筆者が述べているように、党議拘束をはずせば、ますます機能すると思います。

 Bについては、適任の人がおれば、就任することには何ら支障はないと思います。

 Cについては、3年ごとの選挙にして、なだらかな議員の入れ替えが安定的な参議院運営のためにはむしろ望ましいと思います。3年度との選挙だから政局になりやすいという議論に対しては、@、Aを実行することにより解消されるという回答になります。

 Dについては、もともと衆議院の優越が認められているものに対しては、参議院の議決はいらないものと割り切り、その代わり、決算の議決権の決議の特権を与えるものであります。その議決を補佐する部隊として会計検査院を参議院の所轄下に置くものであります。

 会社組織では、代表取締役(内閣)がいて、それを監督する組織として取締役会(衆議院)があり、それを監査する組織として監査役会(参議院)があるが、内閣、衆議院を監視するという新しい役割を参議院に与える考え方であり、注目に値する提案だと思います。ただ、筆者が参議院に憲法オンブズマンを設立し、あらゆる憲法違反を判断するという提案には、参議院としては行きすぎではないかと思います。確かに、日本は憲法裁判所がなく、個別の訴訟が裁判所に持ち込まれて初めて、憲法判断がされる制度になっており憲法判断に時間がかかりますが、そうであれば、憲法裁判所を司法の部で作るのが筋と思います。

 Eについては、議員が削減されることから、重要でない案件について委員会審議をせずに、本会議で議決するというのは合理的な感じがするが、どこまでが重要かどうかについてはもっと議論が必要だと思います。

 また、Fについては、政府が業務を執行するうえで、それを補佐するのが審議会である趣旨から考えて、従来通り、政府に置いておくのがいいのではないでしょうか。

 参議院を生き残らせるには、良識の府としての政党色を薄め、監督、監査機関としての独自色をどのように出す制度とするかが問われる問題であります。そのためには、選挙制度改革を含め、憲法改正問題も絡んでおり、前途多難ではあるが、参議院の改革にとりあえず、期待したいと思います。

posted by もの好き本好き at 00:41| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月29日

「持株会社と日本経済」

下谷政弘 著 (岩波書店)

 なぜ、ホールディング・カンパニーなのか?これがこの本の追求したい課題である。

 97年に独占禁止法が改正され、原則純粋持株会社が解禁された。これまでも、持株会社(事業持株会社)を作ることができたが、なぜ、純粋持株会社が必要となったのか。

 これに対し、本書では、バブル崩壊による金融機関の再編のツールとしての有用性を挙げている。実質的な純粋持株会社のさきがけは2000年のみずほグループの再編によるものであるが、疲弊した金融機関の
をまず、純粋持株会社にぶら下げ、その後、それぞれの会社の同種事業ごとに集約して再編するということが可能になった。そして、さらなるM&Aがスムーズに行えることのメリットを説いている。

 これからも、再編劇が続くと思われる金融機関についてはある程度頷けるが、金融機関以外の会社についてはどうであるか。97年当初は、日本の大企業の多くは必ずしも純粋持株会社の解禁を望んでいなかった。多くの会社は無関心であったようである。それが現在では、上場会社の1割程度が純粋持株会社制を取っている。なぜか。どういうメリットがあるのか。

 これに対し、著者は、直接的な合併に比べて、純粋持株会社方式の方が当事者間での「対等性」や「メンツ」への配慮ができる。または、実質的な融合までの時間稼ぎができるという議論を紹介している。
 またさらに、著者は、そうは言っても、最終的には、会社を強くするための統合である限り、組織、人事制度などの統一はしなければならないものであり、時間稼ぎが許されない場合も多いとも指摘している。また、事業会社の統合を遅らせたところで、純粋持株会社のポストを巡って激しい主導権争いは避けられないことも指摘している。

 さらに、統合再編が完全に終了した後、純粋事業会社は何をするのかという問いに対しては、著者は「さらなる戦略的な企業再編」と答えているが、屋上屋になり風通しが悪くなったことや、当面の再編の役割を終えたため、事業会社と合併した例も挙げている。

 また、株主の立場から見て、企業の開示情報の内容を後退させたり、不透明にさせ、一般株主は事業子会社に対し株主代表訴訟を起こせなくなるなどのデメリットについても指摘している。

 本書は、持株会社について言及している少ない著書のうちのひとつであり、示唆に富むが、持株会社の存在理由、今後の方向性については、結論がはっきりせず、両論併記型である。

 私の考えを述べたい。統合は、業態を大きくするための時間を買う行為であり、統合することが決まれば、純粋持株会社を設立して、時間稼ぎをせず、できるだけ早く純粋合併などで統合を進めるべきである。時間を稼いでも、純粋持株会社のポスト人事がまず摩擦がおき、摩擦はどうしても避けることはできないからである。
 また、どうしても、純粋持株会社を設立しなければ、統合の同意が得られない場合は、再編の終了後速やかに事業会社と持株会社は合併し、事業持株会社に移行するのが、経営の効率化の面で有効であり、また、株主のためになると思う。純粋持株会社は自由な事業会社の経営判断を阻害し、意思決定の遅延を導き、事業会社の徒な業務増を招くことになるからである。
posted by もの好き本好き at 23:20| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月05日

プリウスVSインサイト

「プリウスVSインサイト」(著者 井元康一郎)

1.未曾有の世界同時不況と自動車業界の赤字転落
 2005年から上がり続けた原油価格は2005年には30ドル/バレル代だったのが、2008年7月にはNYMEX市場でWTIが147.27ドル/バレルまでに大幅上昇し、ガソリン代も大幅な値上げ(レギュラーで185円/l)となり、自家用車を乗り控える人が増えました。
 その後同年秋に、サブプライムローンの破綻に端を発した未曾有の世界同時不況が起こり、戦後着実に成長してきた自動車業界も、赤字決算を余儀なくされました。
 その後、原油代が急激に下落し、30ドル/バレル前後になりましたが、自動車販売の需要は戻らず、自動車業界は危機意識を高めることになります。

2.販売政策の転換
 このような状況を打開すべく、09年に入って販売されたホンダの新型インサイトとトヨタの3代目プリウスが市場に殴り込みをかけ、政府の支援策も相俟って、両車種は市場を沸騰させます。
 ホンダのコンセプトは「安いハイブリッドカーを作る」のではなく、「ハイブリッドカーを安く作る」というスローガンにあり、高級感やお客の満足感を損なうことなしに、3ナンバーの低価格のハイブリッドカーを提供するというものであった。
 それに対し、トヨタは、中上級グレード車をホンダの新型インサイトに近い価格で売り出す価格破壊戦略に出た。
 このことにより、低価格戦略により、一般車との価格差が大きく縮まったことにより、多くのユーザーがハイブリッドに流れる現象が確認され、ハイブリッド車はもはやニッチ市場ではなく、堂々と販売の主力に立てることを両社とも確信することになった。
 ただ、今回は価格、性能面で見て、インサイトの189万円(1300CC)に対し、トヨタの205万円(1800CC)はインサイトの中級グレードと同じ価格で、ハードウエアの面では燃費(プリウス38km/lに対しインサイト30km/l)も動力性能(プリウス2個のモーターを使ったストロングハイブリッドに対しインサイトは1個のモーターのシリーズハイブリッドでプリウスの圧勝となっている。

3.脱石油への思い
両社ともに、90年代から脱石油へ向けての研究を行ってきていたが、ハイブリッド車にほんとうに力を入れるようになった契機は、08年の石油価格の暴騰である。
  できるだけ少ないガソリン使用料のもと、できるだけ長く走ることにより、車離れを避けようという危機感が一気に強まったのである。
  
4.環境問題とハイブリッドカー
ハイブリッド車は燃費が良く、環境に優しいというのが、自動車メーカーの謳い文句である。しかし、動力用モーターにはネオジム磁石やジスプロシウムなどの希少金属や希土類などを大量に使用せざるを得ず、それらの抽出には岩盤の掘り起こしや、長距離輸送、精練作業が必要であり、それらのために排出される二酸化炭素をカウントすると一般の自動車よりも二酸化炭素の排出量はかえって多いくらいであり、ハイブリッドカーが環境にいいというのは詭弁であるという研究者の意見があることを忘れてはいけない。


5.電気自動車普及への大きな壁
 ハイブリッドカー人気が高まる中で、ハイブリッドよりさらに次世代の電気自動車も話題を集めている。三菱自動車のアイミーブ、富士重工業のプラグイン・ステラが次々に市場に登場してきた。電気自動車はエネルギー効率は80%と圧倒的に高く、また、クルマの構造上非常にシンプルになり、動力部分の軽量化につながる。三菱自動車のアイミーブは軽自動車規格に合わせているが、加速力は普通の軽自動車を完全にしのいでおり、また、モーター音も非常に静かである。
  ただし、販売価格(三菱自動車のアイミーブ460万円、富士重工業のプラグイン・ステラ473万円)が示すようにバッテリーのコストが高いために政府の補助金(139万円)を差し引いても、軽自動車の倍の販売価格となっており、普及にはまだまだ改良が必要な状態である。

6.まとめ
 安価な石油が手に入る時代の終焉を見据え、生き残りのため、ハイブリッド車という新たなコンセプトを掲げ、懸命に努力を続ける姿には敬意を表したい気持ちでいっぱいである。ブレーキをかけた時に熱エネルギーとなって捨てていたものを、再生エネルギーとして使うという節約思想はもともと日本の”もったいない”思想に結びつくものである。ただ、政府の助成が欧米などと比べると貧弱なのが気がかりだが、持ち前の粘り強さとバイタリティニを発揮し、更なる低燃費を達成してもらいたい。
posted by もの好き本好き at 00:53| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。